中村昇さん

中村昇さんのことを初めて知ったのは、2009年の木工サマーコースの先生から、中村さんがカペラゴーデンにいたと教えられた時だった。「彼が削るものは僕を魅了したんだ」とその先生は言った。1969年のサマーコースで同じクラスだったそうだ。先生は、中村さんに日本の歌を教えてもらったことを思い出して、不思議な日本語の歌を聞かせてくれた。多分「しょじょじ...」の童謡だと思う。

それからしばらくして、近所に住むおじいさんの家に招かれた時に、再び中村さんの名前を聞くことになった。スウェーデンを代表するデザイナー、アーサー・パーシーの息子が設計したという家の小さなリビングルームに、一人掛けのイージーチェアがあった。犬と暮らすその老人はその椅子があれば、他は何もいらないという風に自慢げに説明してくれた。そして、その椅子をデザインしたのが中村昇さんだった。その老人曰く、多くのスウェーデン人はこの椅子を誰がデザインしたかは知らないけれど、誰もが座り心地の良さはよく知っている、と言った。その言葉は衝撃的だった。

ポエン(POANG)」と呼ばれるその椅子は、イケアによって1977年に最初モデルが発売されて以来、改良を加えられながら33年間ずっとつくられ続けている、イケアを代表する椅子である。スウェーデンの経済成長とともに、スウェーデン人の生活に深く溶け込み、室内の一部となっていったのだろう。その座り心地は抜群で20分も座っていると、うとうとしてきて、そのまま眠ってしまうくらいだ。キャンティレバーの揺れが心地いいのか、うちの猫も気がつくとよくその椅子で寝ていた。

どうしても中村さんに会いたいと思い、2009年の冬に札幌に中村さんを訪ねることにした。「今年は雪が多くて大変だよ。」と言って、中村さんは笑いながら僕を迎えてくれた。想像していた通り、控えめで謙虚な方で、おおよそ自己主張の強いデザイナー風情とはかけ離れた印象だった。シンプルであることを主張するのではない自然なシンプルさを感じた。それはポエンから感じる印象そのものだ。69年当時はまだ橋がなく、エーランド島にあるカペラゴーデンにはフェリーで行ったこと、カール・マルムステンに頼まれてスウェーデンの王様のためにサラダサーバーを自らの手でつくったこと、昔の写真を見ながら貴重なお話を伺うことができた。僕は学校の朝礼のために中村さんのスライドショーをつくって上映したいと言うと、彼は「あまり大袈裟にしないで」と最後まで謙虚な人だった。

さらに現在開発中の椅子の試作を前に、その使い勝手や造形への思いを聞くことができた。家具は単体で評価するのではなくインテリア全体との調和が大事だということ。美学的・造形的な探求。そして、なによりも忘れてはならないのは、使う人のことを考えること、使い手への思いやりであると、中村さんとの会話を通じて教えてもらったような気がする。

文・清水徹
写真提供・中村昇
2010.08.28

salad server
konstfack
stool
poeng

追記

現在のイケアに対しては、徹底した価格追求、大量生産、グローバル化した生産など、いろいろな問題提起ができると思うが、もともとの企業理念は「デモクラティック・デザイン─美しいカタチは美術館のためだけではなく、全ての人に優れたデザインを安価に提供する」というものであった。この近代の夢は日本やスウェーデンなどの国々では、ほぼ叶えられたのではないかと思う。現代は、過剰な商品をどうするのか、それぞれの地域のものづくりをどう守るのか、別の夢を描かなければならないのだと思う。